鯉ファミリーの成田家
杉山 成田養魚園さんが、錦鯉の販売に特化されているのには、どのような理由があるんでしょうか?
成田 「生産を行うのもありかな」と思ったことは何回かありますが、生産は生産、流通は流通にこだわるべきで、両方を手がけるのは無理だと判断しました。生産者は錦鯉を作るという立場で、職人的な面もあります。私たち流通業者は、生産者が作られたものを磨きながら、さらにきれいに仕上げて販売して、アフターケアをしっかり行う。このように役割を区別すべきだと考えています。生産から販売、アフターケアまで全てをサポートするのは不可能です。だから、販売だけにこだわりたいという思いが強いですね。
また、うちが生産と販売の両方を行うと、生産者の方からすると競争相手になり、うちに良い鯉を分けてもらえるかどうかという問題が生じます。普通ならは、生産と販売の両方を行っている業者より、販売だけを行っている業者に良い鯉を回そうと考えるでしょう。同じ品種を生産している業者に、優れた鯉を卸そうとは考えないはずです。
杉山 全てをやろうとすると、どれも中途半端になってしまう可能性が高くなるわけですね。
今、どのくらいの数の生産者さんと取引されているんですか?
成田 現在、取引のある生産業者は、50社から60社くらいです。20社に絞ることは可能ですが、お客様にとって選択肢は多い方が望ましいので、多くの生産者さんと取引しています。人気の品種にはブームがあったり、意外な品種を欲しがるお客様もいますから。
杉山 お父様のご実家が養魚園だと伺っています。
成田 父の実家は、富山県で150年以上の歴史がある養魚園を営んでいて、もともとは食用真鯉の養殖を手がけていました。錦鯉は新潟が発祥の地と言われていますが、新潟には動物性のタンパク源があまりないため、鯉が貴重なタンパク源だったんです。鯉は夏の間、田甫に放しておくと大きく育ち、害虫を食べてくれます。
黒い真鯉の中に、たまに白い鯉や茶色い鯉が生まれ、そうした鯉を見せ合う自慢会のような催しが冬に開かれたそうです。各々が自慢とする鯉を持ち寄っているうちに、「来年、白い鯉と赤い鯉を掛け合わせたら、どんな鯉が生まれるんだろう?」という話になったのでしょう。こうして錦鯉の生産が盛んになっていきました。ルーツは全て黒い真鯉ですが、今では100種類以上の品種が生まれています。黒い鯉から赤と白の鯉が生まれるなんて、奇跡と言うしかありません。
父の兄たちも、富山で養魚場を営んでいます。成田家は鯉ファミリーなんです。
生産量の差は、錦鯉の質の差
杉山トップクラスとそのレベルに達していない生産者があると思いますが、差はどこにあるのでしょう。
成田 はっきり言って、生産量の違いです。生産量の差は、錦鯉の質の違いです。錦鯉の生産には技術力が必要ですが、技術力とはすなわち、たくさん生産できるということです。
錦鯉は突然変異で生まれるものですが、その突然変異できれいな鯉が生まれる確率は、ある程度決まっています。したがって、きれいな鯉の数を増やすには、生産量を増やすしか方法はありません。例えば、5ペアを掛け合わせる業者と50ペアを掛け合わせる業者では、後者の方が良い鯉が作られる可能性は10倍高くなります。
杉山 素晴らしい鯉は、当歳(0歳)のときから見極めができるものですか?
成田 おそらく、ほとんどの生産者が同じ意見だと思いますが、当歳のときに、この鯉は良くなるだろうというのは分かります。でも、「日本一、世界一になるだろう」とまでは誰も分からないでしょう。もし分かる人がいたら、見極め方を私にも教えてほしいですね。
正確に言うと、「2年先にはこのようになるだろう」という予想はできますが、5年先、7年先となると予想はできません。それに、2年先を予想しても、その全てが当たるとは限りません。
ですから、当歳の段階で良くなると思われる幼魚をたくさん持っていることが重要で、「数が必要、生産力が必要」なんです。
ニーズに合った鯉を揃える
杉山 鯉の見方は、お父様から学ばれたんですか?
成田父から、どのような鯉が良いのかを教えてもらったことはありません。子どもながらに、自分が育てた鯉を見たお客様から、「この鯉はいいね、すごいね」と言ってもらえる鯉が「良い鯉なんだ」と思っていました。
私は、本に書かれている良い鯉が、実際に良い鯉だとは思いません。「お客様が欲しがる鯉が良い鯉」なんです。小さい頃から、みんなが「この鯉は良い鯉だね」と言ってくれるような鯉を自然と探すようになっていました。この気持ちは今でも変わっていません。
杉山 良い鯉の基準には、客観性が入るわけですね。
成田 ブランドや作られているプロセスも大事なんですが、最終的に私たち流通業者にとって大切なのは、模様の良い悪いよりも、お客様が好きな鯉を販売することが大切です。お客様のニーズに合った鯉を揃える。小さい頃から何となく、そんなことを考えていたように思います。
杉山 養魚園を営む以外の選択肢は考えなかったんですか?
成田 小さいときから川魚が大好きで、近所の川によく魚を獲りに行っていましたし、鯉以外の仕事に就こうと考えたことはなかったと思います。小学生の頃から父の仕事を手伝っていて、すでに自分のお客様がいました。そのお客様は、私が勧めた鯉しか買いませんでした。今なら、その方のお気持ちが分かります。商売に携わっている人は、どうしても欲があり、いろいろな計算もします。一番良い鯉は別のお客様に勧めるために、二番目の鯉を勧めることもあるでしょう。でも、子どもは計算などしません。自分が良いと思った鯉を、素直に良いと言い、悪い鯉は悪いと言います。だから、子どもの言葉の方が信用できると思ったのかもしれません。
飼育がとても簡単な鯉
杉山 これから錦鯉を飼いたいという人に、アドバイスをするとしたら?
成田 ほとんどの川魚は30度を超えると死んでしまいますが、鯉は水温5度から33度くらいの範囲で飼うことができ、ほかの魚に比べて飼育が簡単です。価格帯も広く、一匹100円から数百万円以上までいます。予算に合わせて、好みの鯉を選ぶことができます。
鯉同士ではケンカをしませんし、ほかの種類の魚を攻撃することもほとんどありません。魚の中には、自分の縄張りがあり、その中に同じ種類の魚が入ってくると攻撃的になる魚もいます。80センチの鯉と30センチの鯉を同じ池に入れても、一緒に泳いでいます。ですから、ケンカをしない鯉は、平和の象徴と言えると思います。
ただし、小さい鯉と大きい鯉を同じ池に入れることは、望ましくありません。小さい鯉は動きが素早くて、大きい鯉はゆっくり泳ぎます。そのため、大きい鯉にとって小さい鯉は、動きまわるときに邪魔に感じるかもしれないからです。餌をあげるときも、小さい鯉は餌に突進して素早く食べるため、大きい鯉があまり餌を食べることができなくなってしまいます。かといって、大きい鯉が小さい鯉を食べることは決してありません。できるだけ同じくらいの鯉をそろえて飼うのが望ましいでしょう。
杉山 鯉は、とても飼いやすい魚ということですね。知り合いの家の鯉が、金魚を攻撃するみたいなんです。
成田 それは、いじめようとしているわけじゃなくて、尾がひらひらしているので興味を持つんです。金魚の尾をつつく鯉を見て、「鯉は性格が悪い」と言う人もいますが、鯉は金魚を攻撃しようと思っているわけではなくて、ひらひらしたものを見ると、つつきたくなるだけなんです。金魚の中でも和金は尾がひらひらしておらず、鯉と同じような尾の形をしているのでつつくことはありません。
杉山 毎朝、餌をあげるとき、「おはよう」って言ってるんですが、僕の声に反応している気がします。
成田 人の足音も覚えます。いつも餌をあげている人が足音をたてても鯉は驚きませんが、ほかの人の足音を聞くと驚くような反応を見せることもあります。毎日同じ時間に、手を叩いてから餌をあげるようにすると、鯉はその行動を3週間もあれば覚えると思います。
杉山 頭いいんですね。
成田 日本人にとって錦鯉は身近にいる存在でありながら、ほとんどの人は錦鯉のことをあまり知りません。もしかしたら、海外の人の方が錦鯉のことを良く知っているかもしれません。それくらい日本人にとっては縁のない存在になっています。
池に行くと泳いでいる程度の存在で、庭に池のある豪邸に住んでいるお金持ちの道楽というイメージなのでしょう。この現実はとても残念です。
衝撃を受けた「紅輝黒竜」
杉山 成田さんにとって、錦鯉の魅力とは何でしょう。
成田 一匹たりとも同じものがいないこと、全く同じ錦鯉は存在しないことです。単色の黄金の鯉でも、ウロコの並び方などが全て違います。そこが魅力ですね。
杉山 今までご自身が扱った鯉の中で、一番印象に残っているのはどんな鯉ですか?
成田 一番衝撃を受けたのは紅輝黒竜(べにきこくりゅう)です。見たときはしびれました。これまでの品評会で、御三家(紅白・大正三色・昭和三色)以外で全体総合優勝を取ったのはこの鯉しかいません。普通は、赤の上に黒が乗ってしまうのですが、これは赤の輪郭に沿って、黒がスパッと入っていました。(下記写真)
実は、この模様になったのは、品評会の一瞬だけ、美しさのピークがそのときだったんです。鯉の模様は2、3日、あるいは1週間持つかどうかというレベルで、常に変わっていきます。賞を取った鯉は2歳で28cmと小さかったのですが、紅白を負かして日本一になりました。品評会は、過去や未来の美しさではなく、そのときの美しさを競う大会です。その一瞬にマッチしたこの鯉は、御三家しか全体総合優勝はできないと思われていた、業界の常識に風穴を開けたと言えます。
値段の高い御三家に比べて、紅輝黒竜を手掛ける生産者は非常に少なく、市場が小さいために生産量も少なく、素晴らしいのを作っても値段がそれほど高くなりません。ただ、市場価値はあまり高くないけれど、レア度はとても高く、日本人よりも外国人の方がこうした品種に注目しています。実際、この紅輝黒竜を購入されたのはUAEの方でしたし、海外の方が新しい鯉の価値を見出してくれます。
杉山 今では品評会も外国人が多くなっています。2010年と2020年を比べて、市場やお客様の変化はありましたか?
成田 日本人には錦鯉を飼う力、お金がなくなったと言う人もいますが、私は、そのようには捉えていません。2010年頃も、錦鯉の海外への輸出額はかなりありました。その頃から錦鯉だけでなく、盆栽や日本庭園などクールジャパンへの関心が高まり、インバウンド需要が増加して海外の人が日本でお金を落としてくれるようになり、錦鯉の人気もその流れに乗りました。
盆栽があると、日本庭園が欲しくなり、日本庭園と言えば錦鯉となります。錦鯉の人気が上昇し、その結果、それまでは100で足りていた鯉が、世界中に錦鯉愛好家が増えて、100では全然足りなくなりました。日本の錦鯉生産量では、世界中の需要を満たすことができなくなったのです。供給が足りなくなれば値段も上がり、錦鯉に関心を持つ人が増えれば、もっと良い鯉が欲しいという人も現れます。そうして品評会に参加する外国人が増えてきたわけです。錦鯉を飼う日本人が減ったのではなく、海外で錦鯉愛好家が増えてきたことに、日本の錦鯉業界は対応を迫られてきたのです。
日本に追つく勢いの中国の錦鯉生産
杉山 今では海外でも錦鯉の生産が行われていますね。
成田 現在、錦鯉の生産に関しては、日本がまだ世界一ですが、生産者は小さいところを合わせても500くらい。対して、中国には約1,500箇所あると聞きます。中国は日本の3倍あっても、平均的なレベルは日本の方が高いでしょう。でも、私個人の意見ですが、中国のトップ3は日本でもトップ10に入るレベルの技術力に達していると思います。
中国のトップクラスの生産者は、日本に来て質の高い、高価な鯉を購入し、それを親鯉にしています。センスや運の問題もありますが、優秀な親鯉を掛け合わせることで良い鯉ができる可能性も高くなります。良い雄鯉と良い雌鯉を掛け合わせれば、良い子どもが生まれる確率は高くなります。現実として、優秀な親鯉を中国の生産者がどんどん持って行っていますが、日本と中国にはまだ大きな差があります。日本の錦鯉生産には伝統があり、良い鯉を続けて生産する技術力があります。
中国はまだ錦鯉生産の歴史が浅く、良い鯉を作ることができても、それは良い親鯉を使っているからに過ぎず、自分が得意とする系統を作り出すレベルには達していません。今は雄親と雌親のペアを掛け合わせることができていても、例えば3年後にその雄が死んでしまえば、その血は絶えてしまいます。日本の生産者の場合、同じ系統の雄鯉と雌鯉を複数持っているので、万が一、第1候補が死んでしてしまっても、第2、第3候補が控えていて、同じものを作り続けることができます。
杉山 その点では、日本はまだ中国をリードしているわけですね。
成田 リードはしています。ただ、抜かれてしまっている生産者もいます。
杉山 良い環境が作れなかったり、数ができなかったりすると、淘汰されてしまうということですよね。
成田 そうですね。日本の生産者から鯉を買い、日本の文化として鯉を販売することが望ましいのですが、私たちにとって一番重要なのはお客様のニーズです。お客様から「中国の鯉の方がいいね」という声が出るようになれば、私は中国の鯉を買って販売すると思います。日本がずっと世界一の錦鯉生産国であってほしいと願いますが、日本にこだわり続けるつもりもありません。お客様が求める良いものを提供し続けたいと、常に考えています。 。
錦鯉業界を担う次世代への期待
杉山 錦鯉業界において、新型コロナウイルスの影響はありましたか?
成田 海外の方が日本に来られなくなったため、生産者も流通業者も売上げがかなり落ち込んでいます。品評会も中止になっていて、その需要もなくなりました。
一方で、世間ではテレワークの実施などで家にいる時間が長くなり、庭の池に何もいないのは寂しいと思い、「錦鯉でも飼おうか」という新規の需要も生まれています。
杉山 コロナ禍後のビジネス展開についてはどのように考えられていますか?
成田 コロナの影響で売り上げは落ち込みましたが、新しい課題が見えてきましたし、今まで日々の仕事に追われてなかなか取り組めなかった課題にも、改めて向き合ってみようと考えています。
生産者も流通業者も含め、鯉業界全体の課題は「人材育成」です。私のところで長く鯉の仕事に携わっていると、良い鯉の見極め方など、徐々に私の考え方に似てくるでしょう。でも、人はそれぞれ、自分なりの好みや考え方がありますし、私と全く同じになることはありません。基本的な考え方は同じであっても、赤は鮮やかな方がいい、ウロコの周りが丸く染まっていた方がいいなど、似たような鯉が2匹いた場合、最終的な好みは分かれて当然です。
飲食店ならレシピがあれば、ある程度同じ味を作ることは可能だと思いますが、鯉の場合、生産者が代わると全く違ったものになる可能性が高くなります。どの生産者も、全く同じものを何十年も継承していくことは難しいのです。
杉山 成田養魚園さんでは、代替わりについてはどのように考えられていますか?
成田 私は息子に何も教えていませんし、教えるつもりもありません。自分で見て覚えるしかないと思っています。ただ、できるだけ早く代わってあげたいなという気持ちはあります。
息子は高校には進まず、中学を卒業してこの仕事に就き、すでに自分のお客様を持っていますが、自分のスタイルに合ったお客様を見つけてもらう必要があります。同時に、品評会で優秀な成績を取る、誰が見ても良い鯉がどんなものかを身につけなければなりません。誰が見ても良いと思う鯉を見極めて育てる力、加えて、自分の好みにマッチした鯉を生産者から購入して、その鯉を欲しいと思うお客様を作っていくことが不可欠です。
これは、私が教えては駄目なんです。私が教えてしまうと、私のお客様にしか売れない可能性があるからです。息子が選んだ鯉を、「良い鯉だ」と言ってくれるお客様を新たに開拓しなければ、ビジネスとして成長することはできません。人材育成というのは、コミュニケーション力を含めて、経験値を重ねるしかありません。どれだけ自覚を持って仕事に取り組めるかが重要です。
杉山 今後の錦鯉業界全体の課題は何でしょうか?
成田 錦鯉愛好家の底辺を広げる必要があるでしょう。錦鯉というとお金持ちの道楽というイメージが強く、敷居が高く感じられるようで、新しい人がなかなか入ってきてくれません。手軽に飼えるということを含めて、もっと多くの人にアピールする必要があると思います。そうしないと、国内の市場はどんどん小さくなっていきます。
そのためには、錦鯉の見せ方を考えるべきです。金魚を芸術作品のように見せるアートアクアリウムが大きな話題になりました。しかし、すぐに死んでしまう金魚が多く、金魚業界には、「邪道だ」という声もあったようです。そのことは問題ですが、メディアで大きく取り上げられ、たくさんの注目を集めることができました。そうを考えると、金魚業界にはとてもプラスだったと思います。専門家にはマイナス面も見えるでしょうが、これまでの金魚に対するイメージを大きく変えたこと、金魚に関心を持つ人を増やしたことは間違いないはずです。
杉山 アートアクアリウムは見た目がきれいですし、かなり人気が出ました。
成田 錦鯉も、鯉そのものを見せるだけではなく、錦鯉を素材としたアート作品がもっと生まれてもいいと思っています。日本人はそうしたことへの拒絶感が強いのですが、海外の人には抵抗がありません。逆に、「こうきたか」と素直に驚き、喜んでくれるのです。日本人は伝統を守ることを意識し過ぎているのかもしれません。
海外のペットショップで、あるヒット商品を見て、感動したことがあります。いくつか穴が開いているプラスチック製のサッカーボールの中に鯉の餌を入れて、池に投げ入れます。そうすると、穴から餌がこぼれ落ちて、餌を食べようと寄ってきた鯉が、まるでサッカーをしているように見えるんです。そんな楽しみ方が、日本でも広まっていくといいですね。ただ、閉鎖的な世界のままでいいと考えている人がいることも、今の錦鯉業界の現実です。徐々にでも新しい試みや考え方を取り入れていく必要があると思います。
杉山 人間と同じで、1匹たりとも同じのがいない鯉の美しさを、写真や映像で残していきたいですね。